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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)1792号 判決 1973年3月16日

原告

近江春光

右訴訟代理人

福原道雄

被告

籌実

被告

三幸紙業株式会社

右代表者

安本義之

右両名訴訟代理人

峰島徳太郎

被告

大阪府

右代表者知事

黒田了一

右訴訟代理人

道工隆三

外六名

主文

一  被告らは各自、原告に対し金三五九、二九五円とこれに対する被告籌と同大阪府は昭和四六年五月一五日から、同三幸紙業株式会社は同年同月一六日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告らの負担する。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し五〇〇、〇〇〇円と、内四七〇、〇〇〇円に対する被告籌と同大阪府は昭和四六年五月一五日から、同三幸紙業株式会社は同年同月一六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四五年六月二一日午後九時三〇分頃

(二) 場所 大阪市城東区茨田諸口町一〇九番地先交差点

(三) 加害車 普通乗用自動車(大阪五ね九一〇八号)

右運転者 被告籌

(四) 被害車 普通乗用自動車(大阪五ほ六七七三号)

右運転者 原告

(五) 態様 右交差点へ西から東進して進入した被害車の右前部と、南から北進して進入した加害車の左前部が衝突した。

2  責任原因

(一) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告籌は、右交差点を南から北へ進行した際、前方左右の注視義務があるのに、これを怠つた過失により、北方面行きの赤信号燈が点燈していないのは故障によるものであることに気づかず、日曜日であるからわざと消してあるものと誤信して、減速しないままで同交差点に進入したため、本件事故を発生させた。

(二) 使用者責任(民法七一五条)

被告三幸紙業株式会社(以下被告会社という。)は、被告籌の使用者であるところ、同人が同会社保有の加害車を運転して同会社の業務に従事中、右過失により本件事故を発生させた。

(三) 被告大阪府の責任

被告大阪府は、大阪府公安委員会が管轄し、大阪府城東警察署が管理する公の営造物である本件交差点の信号機の保管責任者であるが、信号機が正確に点滅するように絶えず配慮し、もしそれが故障等のため機能しない場合は直ちに修理して、これによる事故が発生しないように万全の措置を講ずべき管理義務があるのに、北方面行きの信号機の赤信号燈が電球切れのため点燈しなくなつているのを放置していたため、被告籌の右過失を誘発し、従つて公の営造物の管理に瑕疵があつたから、国家賠償法二条により賠償責任がある。

仮に、公の営造物の管理に瑕疵が認められないとしても、被告大阪府は、前記のとおり信号機の完全性につき配慮すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件事故発生の原因を与えたから民法七〇九条により賠償責任がある。

3  損害

(一) 被害車破損による損害

四二〇、〇〇〇円

原告は、被害車(クーラー、ステレオ付)を所有していたが、同車は本件事故により大破し、修理不能となつたので廃車処分にしたが、同車の減価償却によつて算出した昭和四五年五月末日現在の評価額は四二五、六二三円であり、事故当時には同車は四二〇、〇〇〇円を下らない価値があつたから、原告は本件事故により同額の損害を受けた。

(二) 慰藉料  二〇、〇〇〇円

原告は、事故当時訴外株式会社日本水宝の代表取締役として、同会社の目的事業であるボーリングおよびこれに附帯する工事の営業の一切を統轄し、被害車を使用して得意先や現場を往来し、従業員を監督して、営業を切り盛りしていたものであるが、本件事故のため警察に出頭したり、新車を買い替えるための金策に奔走する等の雑用に追われ、そのため会社経営に全力を注ぐことができなかつたので会社の業務が渋滞する等して、精神的苦痛を受け、これを慰藉するには二〇、〇〇〇円を必要とする。

(三) 弁護士費用

六〇、〇〇〇円

原告は、右(一)、(二)の損害賠償請求権を有するが、被告らが任意の弁済に応じないので、やむなく弁護士である原告訴訟代理人に、その取立のため調停と訴訟追行を委任し、その費用として六〇、〇〇〇円を支払うことを約束し、昭和四六年二月初旬に内三〇、〇〇〇円を支払つた。

4  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、右3の(一)ないし(三)の合計五〇〇、〇〇〇円と(三)の未払弁護士費用を除く四七〇、〇〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である被告籌と同大阪府については昭和四六年五月一五日から、同会社については同年同月一六日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  被告籌および同会社

請求原因事実中、1の(一)ないし(四)の事実は認め、(五)の事実は否認する。2の(一)の事実は否認し、(二)の事実は被告籌の過失の点を否認し、その余の事実を認める。3の事実は否認する。

2  被告大阪府

請求原因事実中、1の(一)ないし(五)の各事実は認める。2の(三)の事実中、大阪府公安委員会が、公の営造物である本件信号機の設置管理者であり、事実上大阪府城東警察署が管理していた事実、および、右信号機の北方面行きの赤信号燈が事故当時に電球切れのため点燈していなかつた事実は認め、その余の事実は争う。3の事実は争う。

三 被告らの主張

1  被告会社の相殺の抗弁

原告は、本件交差点の左右の見とおしが極めて悪く、夜間でもあつたので、通過するに際しては徐行する義務があるのに、これを怠り、時速四五粁以上の速度のままで進行した過失により、本件事故を発生させたが、原告の右不法行為により被告会社はその所有にかかる加害車を破損され、事故当時の事業年度の評価額三一一、九二三円の加害車を下取価額七、〇〇〇円で廃車処分にせざるをえなくなり、差額三〇四、九二三円の損害を受けたから、同額の賠償請求権を原告に対して有するので、昭和四七年一月二九日の本件口頭弁論期日において原告主張の損害賠償請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

2  被告大阪府の主張

前記信号燈の点燈されていない状態では、被告籌にとり信号機による交通整理の行われていない交差点に該当し、且つ西側の見とおしが悪かつたから、本件事故は、被告籌がこの交差点に進入するに際しての徐行等の注意義務を怠つた過失のみによつて生じた事故である。

四 被告らの主張に対する認否

被告らの主張事実は全て争う。

第三  証拠<略>

理由

第一事故の発生について

請求原因事実中、1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがなく、1の(五)の事実は、原告と被告大阪府間に争いがない。<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ他にこの認定を覆えすに足りる証拠はない。

一、事故発生場所の状況

1  本件事故発生の場所は、南北道路と東西道路が、ほぼ直交する交差点で、南北道路は幅員約一〇米、西行道路(交差点より西方にのびる道路をいう。以下同様。)は幅員約六メートル、東行道路は幅員10.8米であり、南行道路は寝屋川を渡る今津橋上の道路となつており、同橋の西側に沿つて、同橋の防水堰の上方に三本の水道幹線が通つているため、同交差点へ北進して進入するに際しての左方と、東進して進入するに際しての右方の見とおしは悪いこと、

2  同交差点には、大阪府公安委員会が設置し、大阪城東警察署が管理する信号機があり、事故発生当時には、北方面行きの信号機の赤信号燈が電球切れのため点燈していなかつた他は、正常に機能していたこと、

3  今津橋上を北進して同交差点に進入する場合、交差点の手前で、東西の信号燈の点燈状況を認識できること、

二被害車および加害車の動向

1  原告は、被害車を運転して同交差点に西から東進して進入し、時速約四〇ないし四五粁で青信号に従つて進行中、交差点内にさしかかつた際、南から北へ進行して接近してくる加害車を発見し、急制動の措置をとつたが及ばず、同交差点中央付近で、加害車の左前部と被害車の右前部が衝突したこと、

2  被告籌は、加害車を運転し、今津橋上を南から北へ向つて、時速約三〇粁で進行し、前記交差点にさしかかつたところ、対面信号が点燈されていないので、日曜であるから故意に消燈しているものと判断して、徐行することなく、そのままの速度で進行し、交差点に進入したところ、左方約一〇米の地点に被害車を発見して、急制動の措置をとつたが及ばず、前記の衝突をしたこと。

第二責任原因について

一被告籌および同会社

右認定事実によれば、被告籌には、本件交差点を通過するに際し対面信号燈が電球切れ故障のために消燈状態にあつたのであるが、このような場合においても信号機による交通整理が行われていない左右の見とおしの悪い場合と同様一時停止または徐行して、左右道路の交通の安全を確認し、事故の発生を防止する注意義務があるのに、これを怠り、対面の信号燈が点燈していないことを見ただけで、信号機が全部休止しているものと速断し、前方左右を注視すれば当然他の信号燈も視野に入り、信号機による交通整理が行われていることに気づくはずであるのに、これに気づかず、かつ左方の見とおしが悪かつたのに徐行もせず、同交差点に時速三〇粁のままで進入した過失によつて本件事故を発生させたものであるから、被告籌は一般不法行為者として民法七〇九条により、また、被告会社については、請求原因(二)の事実中、過失を除く部分については当事者間に争いがなく、過失の点については右認定のとおりであるから、使用者責任として民法七一五条により、それぞれ本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

二被告大阪府

本件信号機が公の営造物であること、および、その設置管理者が被告大阪府であることは当事者間に争いがない。そして、前示認定の電球切れの事実および事故の態様を併せ考えると、被告籌の対面信号が電球切れでなければ赤信号が表示され同被告は停止した筈であり、同被告の前記過失については電球切れが誘因となつていること、および、原告の対面信号が青でなければ、原告は徐行して本件事故の発生が避けられた可能性もあることが認められるので、電球切れの事実と本件事故の発生は通常起りうる原因と結果の関係にあるものというべきである。したがつて、本件事故は被告籌の一方的過失のみによつて発生したものではなく、同被告の過失と電球切れの事実とが相まつて発生したものと認められるから、右電球切れの事実と本件事故の発生との間には相当因果関係があるというべきである。そして、信号機の設置の目的が交差点における交通の円滑および安全を図ることであり、現在の交通事情の下においては信号機の故障により重大な事故が発生する危険があることを考えると、信号機の設置管理者としては常に信号機の完全性に留意し、電球切れ等の故障による事故の誘発を避けるべき義務があるから、本件の電球切れがあつたことは、信号機の管理に瑕疵があつたものと認められる。よつて被告大阪府は、国家賠償法二条により、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

第三損害について

<証拠>を総合すると、原告は、被告車を昭和四二年八月一九日に九九五、〇〇〇円(クラー付)で大阪日産自動車株式会社天王寺営業所より購入し、その後四〇、〇〇〇円でステレオを取付け、事故発生時まで、二年一〇月を経過していること、被害車は本件事故により大破し廃車せざるをえなくなつたこと、但しステレオは取りはずせば使用可能であつたこと、および、スラップとして少くとも、一〇、〇〇〇円で売却できる状態であつたこと、等の事実が認められるところ、自家用普通乗用車の場合「減価償却資産の耐用年数に関する省令」で耐用年数六年、償却率0.319と定められているので定率法により事故当時における被害車の価格を算出すると三三九、二九五円となり、それより右スクラップ価格を控除した残額三二九、二九五円が原告の被害車損害と認めるのが相当であり、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(計算式 995,000円×0.341(二年一〇月の係数)−10,000円=329,295円)

なお原告主張の慰藉料の請求については、これを相当とすべき特段の事情を認めるに足りる証拠がないので、認容することができない。

第四被告会社の相殺の抗弁に対する判断

前示認定の事故の態様からすると、原告には不法行為の要件となる過失が認められない。

従つて、これがあることを前提とする被告会社の主張は理由がない。

第五弁護士費用について

本件事案の性質、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害としての弁護士費用は三〇、〇〇〇円が相当であり、弁論の全趣旨によれば、原告は本訴提起前に原告訴訟代理人に対し弁護士費用として三〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。

第五結論

よつて、原告の被告らに対する請求は、三五九、二九五円とこれに対する、本件事故後であり、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな、被告籌と同大阪府に対しては昭和四六年五月一五日から、同会社に対しては同年同月一六日から、各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(奥村正策 中辻孝夫 菅英昇)

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